幸村ゆかりの土地を訪ねて

飯田金物株式会社
飯田麻友

 10月1日、金物団地の街歩きツアーに参加した。今年のテーマは「真田幸村の足跡を辿る」。ご存知の通り今年の大河ドラマ「真田丸」の主人公である戦国武将である。よく知られている幸村の名は後世でつけられたと言われており、生前は信繁と名乗っていたとされている。信繁は大坂の陣で豊臣方に付き、徳川勢を追い詰めたことで知られている。その大坂冬の陣で作られた真田軍の本陣が真田丸で、大阪城の南側に位置し、今回はこの辺りをボランティアガイドさんにも付いてもらいながら周ることになった。
 玉造駅を出発し、まず訪れたのは三光神社。ここは真田丸の一部の跡地にあり、真田軍が掘ったとされる抜け穴が残されている(実際はそのような事実はない)。また、後世に建てられた信繁の銅像が建っている。この場に来るとなぜ信繁がこの位置に本陣を置いたかよくわかる。ここは高台の端っこに位置しているのだ。実際に訪れることで、昔の空気を感じることができ、当時と今が繋がったような気がする。
 校章が六文銭(真田の家紋の一つ)と澪つくしをモチーフに作られている真田山小学校の横を抜け、向かったのは心眼寺。ここは真田信繁とその子大助の菩提を弔うために建てられたお寺である。当時は徳川の直轄地であったため、信繁のお墓が作ることができなかったが、近年有志の手で信繁の墓が建立されたそうだ。このお寺の向かいには真田丸の記念碑も建っており、ここが真田丸の中心であったことがわかる。
 そして次に訪ねたのは玉造稲荷神社。ここは豊臣家ゆかりの神社である。社内には秀頼が建立したと言われる鳥居や秀頼のへその緒が奉納されたとされる胞衣塚大明神などがある。ここで今まで案内してくださったガイドさんと別れ、私たちは大阪城の西側を歩き、天満橋まで歩いた。ここでボートに乗って昼食をとりながら、クルージングを楽しんだ。中之島の公会堂や造幣局など大阪の有名スポットの横を通り過ぎたり、青々とした桜並木を見ながら「春にこの船に乗ったらとても桜が綺麗だろうなぁ。」と感傷にふけったり、心地よいクルージングを楽しみ、今回のイベントは終了した。
 大阪城周辺は日頃行くことも多い地域ではあったが、今まで行ったことのないところを訪れて、真田の足跡を知ることができてとても有意義な1日だった。これからの大河ドラマの放送が大坂の陣なので、今回の経験も重ね合わせながら、ドラマを楽しみながら見ていきたい。
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